「口ゴボを治せばほうれい線もきれいになる?」「矯正すれば若く見えるようになる?」
SNSや美容系の情報サイトで、こんな話を見かけたことはありませんか?
口元にコンプレックスを感じている20代・30代の女性から、このようなご相談をいただくことが本当に多くなりました。
でも、25年以上矯正治療に携わってきた専門医として、正直にお伝えしなければならないことがあります。現実は、そう単純ではありません。
そこでこの記事では、巷で言われている「口ゴボ」と「ほうれい線」の関連性の真偽のほどと、実際の臨床現場で見えてきた事実について、できるだけわかりやすくお話しします。もしかすると期待を裏切るようなことも含まれているかもしれませんが、正しい知識を持っていただくことが、みなさんにとって最も大切だと考えています。
口ゴボでお悩みの方に限らず、ほうれい線が気になる方の少しでもヒントになるようになればと思います。
も く じ
Toggleそもそも、ほうれい線はなぜできるのか?

まず基本的なことから説明させてください。
ほうれい線ができる一番の原因は、お口の周りの筋肉バランスが崩れることです。これは医学的にも確実に言えることです。
想像してみてください。毎日何千回も行う「話す」「食べる」「飲む」という動作。これらすべてで口の周りの筋肉を使っています。もしこの筋肉の使い方にクセがあったり、バランスが悪かったりすると、長い年月をかけて少しずつ皮膚にシワが刻まれていくのですね。
「矯正すればほうれい線も治る」という噂の真相
ここで残念なお知らせがあります。
矯正歯科でほうれい線を確実に改善できる先生は、実はほとんどいません。なぜなら、矯正治療では「歯を動かす」ことはできても、「筋肉の問題」に直接アプローチするのは難しいからです。
歯並びと筋肉の問題は関連していますが、歯を動かしただけで筋肉のバランスが自動的に整うわけではないのです。
口ゴボの矯正で起こりがちな「想定外」のこと

特に口ゴボの方にお伝えしたいことがあります。
なお、口ゴボとは、上下の前歯、あるいは歯全体が前方に突出しており、口元が全体的に前に出て見える状態(=上下顎前突)を指します。歯だけでなく、唇や鼻の下のラインが前に出ることで、いわゆる「もっこり感」が出てしまうのが特徴です。「魚みたい」「ゴリラっぽい」と形容されることも多いですね。
この状態になると、自然と口が閉じにくくなったり、無意識に口呼吸になってしまったりすることもあります。そのため、見た目だけの問題ではなく、呼吸や発音、噛み合わせといった機能面にも影響を与えることがあります。
口ゴボの人は逆にほうれい線が目立つことが多い
さて、こうした口ゴボの特徴がある人が矯正で前歯を後ろに下げると、多くの場合、ほうれい線がより深くなってしまうことになります。
これは決して治療が失敗したわけではありません。今まで前に出ていた歯や唇によって「隠れていた」筋肉のアンバランスが、歯が下がることで表面に現れてしまうためです。
たとえて言うなら、厚化粧でシミを隠していたけれど、メイクを落としたらシミが見えるようになった、という感じでしょうか。
また、矯正治療には通常2〜3年かかります。その間に自然に年を重ねるので、治療前と比べて「老けた気がする」と感じてしまうことも少なくありません。これは治療とは関係のない、自然な加齢変化です。
ほうれい線が歯列矯正で改善するのはどんな人?
とはいえ、歯列矯正によりほうれい線が改善するケースについて、全く希望がないわけではありません。
たとえば、歯がガタガタに並んでいる方(叢生・八重歯の方)の場合、矯正後にほうれい線が目立たなくなることがあります。これは、歯並びが整うことで口の周りの筋肉が正しく使えるようになり、結果的に筋肉のバランスが改善されるためです。
ただし、口ゴボの方での改善例は残念ながら少数派です。
ほうれい線がくっきりある方の特徴

私は、25年以上にわたり矯正治療に携わり、裏側矯正を専門に多くの患者さんと向き合ってきました。その中で、あることに気づきました。
ほうれい線がくっきりとある方は、その部分の唇を口の中から触ると、筋肉がカチカチに硬くなっているんです。
特に「飲み込み方」に問題がある方ほど、この筋肉の硬さが顕著に現れます。正式には「異常嚥下癖(いじょうえんげへき」と呼ばれる状態です。
異常嚥下癖になりやすい人の特徴
以下のような特徴がある方は、知らず知らずのうちに間違った飲み込み方をしている可能性があります。
- 口ゴボの方:
口を閉じるのに力が必要で、飲み込むときも余計な力を使ってしまう - 歯並びがガタガタの方:
正常な舌の動きができない - 面長の方:
舌と唇の位置関係が通常と異なる - 舌が小さい方:
適切な飲み込み動作が困難
これらの発見を受けて、当院(埼玉県大宮のセレーノ矯正歯科医院)では歯を動かすだけでなく、筋肉の問題にもアプローチする治療を行っています。
セレーノ矯正歯科医院のオリジナル治療法:筋肉にもアプローチする矯正

「ほうれい線を何とかしたい」という想いから、私は長年試行錯誤を続けてきました。まだ研究段階の部分もありますが、現在わかっていることと、実際に行っている治療法についてお話しします。
オリジナルMFT(筋機能療法)とは?
MFTとは、口の周りや舌の筋肉を正しく使えるようにする訓練のことです。当院では、長年の臨床経験を基に独自の方法を開発しました。
一般的なMFTとは異なり、硬くなってしまった筋肉をほぐすことから始めます。なぜなら、カチカチに固まった筋肉のまま訓練を行っても、効果が期待できないからです。
各患者さんごとに対応は異なるので、あくまで参考とはなりますが、たとえば以下のような手法を用います。
- 筋肉のストレッチ療法:
硬化した口唇周囲筋を段階的にほぐしていく - 正しい飲み込み方の指導:
異常嚥下癖の改善 - 舌の位置と動きの訓練:
適切な安静時舌位の習得 - オートローテーション:
下顎の自然な回転運動を促進する手技
MFTを伴う治療期間と頻度について
この筋機能療法は、矯正治療と並行して行います。最適な結果を得るためには、およそ以下のように積み重ねることが欠かせません。
- 頻度:月1〜2回のペースで指導とチェック
- 期間:矯正治療期間中(通常2〜3年)継続
- 自宅練習:毎日15〜20分程度の自主トレーニング
継続が何より大切です。筋肉の習慣を変えるには時間がかかりますが、しっかりと続けていただいた方ほど良い結果が得られています。
実際の治療効果をご紹介

この方法をしっかりと続けていただいた方の多くで、ほうれい線の軽減傾向が見られています。
「矯正が終わってから、周りの人に『若くなった』と言われるようになりました」 「ほうれい線が気にならなくなって、笑顔に自信が持てるようになりました」 「口元がスッキリしただけでなく、話しやすくもなりました」
このような嬉しいお声をいただくことがあります。ただし、すべての方に同じ効果があるわけではありません。これは正直にお伝えしなければならない点です。
効果には個人差があり、筋肉の硬さの程度、異常嚥下癖の強さ、年齢、生活習慣など、様々な要因が関わってきます。
美容医療という選択肢:知っておきたいメリットとリスク

「それなら美容クリニックでボトックス注射を受けた方が早いのでは?」と思う方もいるでしょう。ほうれい線の改善をわざわざ歯列矯正で行わなくても良い、という考えは当然のことだと思います。ただし、いくつかの懸念点はあるので、私の見解をまとめておきます。
ボトックス注射の効果について
確かに、ほうれい線に対するボトックス注射はとても効果的です。
注射後1〜2週間で効果を実感できる即効性があり、ほぼ全ての方で一定の効果が期待できます。また、施術自体も10〜15分程度で完了するため、忙しい方でも気軽に受けることができる手軽さがあります。
この即効性と確実性は、美容医療の大きなメリットといえるでしょう。
ボトックス注射の知っておくべきリスク
ただし、ボトックスは神経の働きを一時的に止める薬剤です。以下のようなリスクがあることも理解しておく必要があります。
短期的なリスクについて
ボトックス注射後には、表情が不自然になることがあります。また、口の周りの筋肉の動きが弱くなることで、食べ物が口からこぼれやすくなったり、発音がしにくくなったりする場合もあります。
長期的なリスクについて
特に注意が必要なのは、咬筋(噛むときに使う筋肉)への注射です。確かに顔の輪郭がシャープになる効果がありますが、数年後には顔が間延びして見えるようになったり、急激に老けた印象になったり、噛む力が極端に弱くなったりすることがあります。
あかまで私の体感レベルの話ですが、咬筋にボトックスを打った方の多くで、数年後に極端な老化現象が見られます。これは決して脅しではなく、実際に起こっている現実です。
短期的な効果を重視して美容医療を選択するか、長期的な安全性を重視して、歯列矯正を視野に入れるかは、患者さんそれぞれの価値観によります。大切なのは、メリットとデメリットの両方を理解した上で選択することです。
医学的限界と今後の研究について

正直にお伝えすると、医学は日々進歩していますが、すべてが解明されているわけではありません。
たとえば「なぜ舌が小さくなるのか?」ということは、まだ完全にはわかっていません。遺伝的要因、成長過程での環境要因、呼吸の習慣など、様々な可能性が考えられますが、決定的な答えは見つかっていないのが現状です。
一方で、以下のことについては、私の臨床経験と研究によって、ある程度原因や対策の見通しがついています。
- 異常嚥下癖とほうれい線の関係
- 口腔周囲筋のアンバランスのメカニズム
- 筋機能療法による改善の可能性
- 矯正治療がほうれい線に与える影響
いずれ、論文にまとめられたら、と思っています。
大切なのは、わからないことは「わからない」と正直にお伝えし、現在わかっていることの中で最善の治療を提供することです。同時に、原因を探し続け、より良い対策を考え続けることが、医療従事者としての責務だと考えています。私自身も、日々の診療の中で新しい発見があれば、それを治療に活かしていくよう努めています。
まとめ|知っておいてほしい「ほうれい線改善」の現実的な期待値

最後に、みなさんにお伝えしたい大切なポイントをまとめます。
知っておいてほしい現実
- ほうれい線は筋肉の問題なので、歯を動かすだけでは完全には解決できない
- 口ゴボの矯正では、ほうれい線が深くなることが多い
- 筋肉に対するアプローチを併用すれば、改善の可能性は高まる
- 効果には個人差が大きく、すべての方に同じ結果は期待できない
- 美容医療にも一長一短がある
現実は厳しい面もありますが、適切なアプローチによって改善の可能性は十分にあります。重要なのは、正しい情報を知った上で判断すること、現実的な期待を持つこと、専門医と相談しながら最適な方法を選ぶこと。
そもそも口元のお悩みは、一人ひとり原因も程度も異なります。「自分の場合はどうなの?」「どんな治療が向いているの?」と思われた方は、ぜひ一度、矯正専門医のカウンセリングを受けてみてください。
当院では、患者さんお一人おひとりの状態を詳しく診査し、メリット・デメリットを包み隠さずお話しした上で、最適なアプローチをご提案しています。美容系の情報に惑わされず、医学的根拠に基づいた正しい判断をしていかないと、お金も時間も、何より、うつくしい仕上がりも、うまくいかないかもしれません。
今回の記事が、あなたのお役に立てればうれしいです。