最初にお伝えしておきます。部分矯正にメリットはありません。
私は矯正歯科医として25年以上にわたり、多くの患者さんの治療に携わり、他院のケースを含め、数え切れない症例を見てきました。
「部分矯正なら費用が安い」
「短期間で歯並びが改善する」
こうした魅力的な情報を目にする機会が増えていますが、専門医としての経験から言わせていただくと、部分矯正には知られざる重大なデメリットが存在します。
この記事では、あまり率直に語られることのない、歯列矯正治療における部分矯正のデメリットについて、矯正専門医の立場から率直にお伝えします。
歯並びの改善を検討されている方が、後悔しない選択をするための参考になれば幸いです。
も く じ
Toggle部分矯正とは?全体矯正との違い
まず基本的な違いを明確にしておきましょう。
部分矯正とは、前歯など一部の歯だけを動かして歯並びを整える方法です。主に見た目が気になる数本の歯(多くは前歯)のみに矯正装置をつけます。
一方、全体矯正は、上下の歯全体のバランスを整える方法。奥歯から前歯まで、歯列全体の位置を調整します。
部分矯正が注目される最大の理由は「費用の安さ」と「治療期間の短さ」です。これは人間の本能を刺激する魅力的な便益です。しかし、その裏には多くの患者さんが知らないリスクが隠れていることを知っておいてください。
専門医が警告する部分矯正の9つのデメリット

25年以上にわたって裏側矯正を専門に治療してきた経験から、考えうる部分矯正の9つのデメリットについて指摘させていただきます。
噛み合わせが悪化する危険性
部分矯正で最も懸念されるのが、噛み合わせ(咬合)の悪化です。歯は独立して存在しているわけではなく、上下の歯が互いに影響し合う「咬合システム」の一部です。
実際に起こりうる問題:
- 上の前歯だけを動かすと、下の歯と干渉して奥歯が噛み合わなくなる
- 前歯の位置が変わることで、顎の動きに影響が出る
- 歯ぎしりや顎関節症などの症状が現れることも
当院では「部分矯正を受けた後、食事がしづらくなった」という相談を複数受けています。このような場合、結局全体矯正でやり直すことになり、余計な時間と費用がかかってしまうのです。
顔のバランスが崩れる問題
部分矯正は「顔全体のバランス」を考慮せずに歯を動かすため、思わぬ副作用が生じることがあります。
顔への影響例:
- 凸凹の前歯を整えると「口ゴボ(口元が前に出る状態)」が強くなる
- 口唇の形や閉じ方に違和感が生じる
- 横顔のプロファイルが悪化する
矯正治療は単に「歯を並べる」だけではなく、「顔全体の美しさを引き出す」治療でもあります。部分矯正では、この重要な視点が欠けているのです。
高い再発(後戻り)リスク
部分矯正で一時的に歯並びが改善しても、根本的な原因に対処していないため、元に戻りやすい傾向があります。
後戻りが起こる主な理由:
- 全体の咬合バランスが取れていないため不安定
- 舌の位置や口腔習癖(くせ)の改善がなされていない
- 矯正力のかかる範囲が限定的で安定性に欠ける
私の感覚値で恐縮ですが当院のデータによると、部分矯正を受けた患者さんの約70%が3年以内に何らかの後戻りを経験しているようです。特にすきっ歯の場合、閉じた隙間が再び開いてしまうケースが多いのです。
治療の選択肢が限られる
部分矯正では使用できる装置や技術に制限があります。
制限の例:
- 複雑な歯の動きができない
- 歯の回転や傾きの修正が不十分になりがち
- 原因の除去ができない
結果として、「思ったほど綺麗にならなかった」という不満を抱える方が少なくありません。
隠れた追加費用の問題
「部分矯正は安い」と言われますが、実際には様々な追加費用が発生するケースが多いのです。
よくある追加費用:
- 調整料(診察ごとに別途請求)
- 保定装置(リテーナー)代:約10〜15万円
- 後戻り修正のための再治療費
- 最悪の場合、全体矯正のやり直し費用:約80〜150万円
結果的に「安い部分矯正+追加費用+全体矯正のやり直し」で、最初から全体矯正を選んだ場合よりも総額で80〜200万円も高くなることもあります。
歯の健康リスクの増加
部分矯正では、歯の動きが不自然になりやすく、以下のような健康リスクが高まることがあります。
歯の健康への影響:
- 歯根吸収(歯の根が短くなる現象)のリスク増加
- 特定の歯に過度な力がかかることによる歯周病リスク
- 不正な噛み合わせによる歯の摩耗や咬合性外傷
長期的な歯の健康を考えると、バランスの取れた全体矯正の方が安全と言えるでしょう。
心理的な満足度の低下
部分矯正は当初は満足度が高くても、時間の経過とともに満足度が大きく低下する傾向があります。
これは後戻りや噛み合わせの問題が時間とともに顕在化してくるためです。「もっと相談して全体矯正を選べばよかった」という後悔の声も少なくありません。
治療範囲の見極めの難しさ
部分矯正で治療可能かどうかの見極めは、非常に専門的な判断が必要です。
判断の難しさ:
- 見た目の問題か機能的な問題かの区別
- 奥歯の噛み合わせ状態の正確な診断
- 将来的な歯の移動予測
残念ながら、「集患」を目的に安易に部分矯正を勧める医院も存在します。専門的な診断なしに「部分矯正で大丈夫」と言われた場合は、一度、冷静に検討されることをおすすめします。
将来の矯正治療への影響
部分矯正を行った後に全体矯正が必要になった場合、治療が複雑化することがあります。
全体矯正への悪影響:
- 歯の動きが予測しにくくなる
- 治療期間が延長する可能性
- より複雑な装置や技術が必要になることも
- 最悪若くして入れ歯やインプラントが必要になることも
このように、安易な部分矯正は将来の選択肢を狭める可能性があるのです。
部分矯正が適している稀なケース

デメリットばかり強調しましたが、部分矯正が適している限られたケースもあります:
- 補綴前の限定的な歯の移動
- 抜けた歯の隣の歯が傾いている場合のブリッジやインプラント前の調整
- 埋伏歯の牽引
- 生えてこない歯を引っ張り出す目的での矯正
- 全体矯正後の軽微な後戻り修正
- 以前に全体矯正を行った方の小さな後戻り修正
ただし、これらのケースは非常に限定的で、多くの「前歯だけ直したい」というケースには適していません。
安全な全体矯正治療の選択肢

部分矯正のデメリットを知った上で、では、全体矯正ではどんな治療法があるのか、より安全で効果的な矯正治療を検討されるなら、以下の選択肢があります。簡単にご紹介しておきますね。
裏側矯正(舌側矯正)
歯の裏側に装置をつける方法で、外からは見えないというメリットがあります。
特徴:
- 装置が見えない
- 全体の咬合を考慮した治療が可能
- 顔のバランスも含めた総合的な改善
特に人前に出る機会が多い方や、見た目を第一優先される方に人気です。
表側矯正(セラミックブラケット)
従来の表側矯正も、白い装置(セラミックブラケット)を使用することで目立ちにくくなっています。
特徴:
- 調整がしやすく、効率的な歯の移動が可能
- 複雑な症例にも対応可能
- 裏側矯正より費用が抑えられる場合も
マウスピース型矯正(全体用)
透明なマウスピースを使った矯正方法も、全体のバランスを考慮した治療計画で行うことが重要です。
特徴:
- 取り外し可能で衛生的
- 目立たない
- 軽度〜中度の症例に適している
いずれの方法も、部分矯正よりは費用や時間がかかりますが、長期的な健康と美しさを考えると、結果的に満足度の高い選択となるでしょう。
矯正治療の費用について考える、本当の「コスト」とは?

「部分矯正のデメリット」を考える上で、「費用」は重要なポイントです。表面的な金額だけでなく、長期的な視点で考えてみましょう。
初期費用の比較
部分矯正:約30〜50万円
全体矯正:約80〜130万円(治療法による)
一見すると部分矯正の方が安く見えますが、次の点を考慮して検討してみてください。
長期的なコスト比較
部分矯正の隠れたコスト:
- 後戻り修正のための再治療費
- 噛み合わせ問題による歯科治療費
- 全体矯正のやり直し費用
- 満足度の低さという「心理的コスト」
当院の調査では、部分矯正を選んだ後に全体矯正をやり直す方の総額は、最初から全体矯正を選んだ場合と比べて平均1.5倍になっていました。
全体矯正治療でも分割払いで費用負担を抑えられる
費用面で悩まれる方には、分割払いという選択肢もあります。
- 無金利分割:24回まで無金利で分割可能
- デンタルローン:最長120回(10年)までの分割が可能
例えば、125万円の全体矯正なら、月々約13,000円(120回払い)で始められます。「安さ」だけを考えて部分矯正を選ぶ前に、長期的なメリットも含めて検討されることをおすすめします。
まとめ:部分矯正のデメリットを知った上での選択を

この記事では「部分矯正 デメリット」について、矯正専門医の立場から率直に解説しました。要点をまとめると:
- 噛み合わせの悪化リスク
- 顔のバランスへの悪影響
- 高い後戻りリスク
- 治療選択肢の制限
- 隠れた追加費用
- 歯の健康リスク
- 時間経過による満足度低下
- 治療範囲の見極めの難しさ
- 将来の矯正治療への悪影響
歯並びの改善は、見た目の美しさだけでなく、口腔の健康、ひいては全身の健康にも関わる重要な治療です。「安さ」や「手軽さ」だけを理由に選択すると、後々大きな後悔につながる可能性があります。
部分矯正を検討されている方は、まずは矯正専門医による詳しい説明を受け、メリット・デメリットを十分に理解した上で選択されることをおすすめします。もし、この記事で触れたようなデメリットについて説明がなかった場合は、ご注意くださいね。